Mar 15, 2011
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〈東儀祐二と教え子たち〉
「東儀先生は怖かったですね。でも先生に対して畏れがなかったら練習しませんよね。恐怖心が悪玉じゃなくて善玉であればいいんです」
ビオラ奏者、指揮者、そして教育者としても世界で活躍する大山平一郎は師匠と弟子との関係をそう話す。
「僕の弟子も(成長した)今でこそ一緒に飲んだりしますが、僕のことを『昔は怖かった』といいますよ」
そして、東儀に学んだ自らの小中学生時代を振り返る。
「まだまだ難しいことのよく分からない小学生のわれわれは怖いからやらされていた面もあった。けれども、弾けないところがあったらどういう風に分解して、どういふうに一つ一つの問題を解きほどいていくべきか、たてなおすべきかを徹底的に考えさせられた。そのプロセスは、将来、音楽を続けていく、いかないは別として、何をするにも役だったと思う」
そう話し、東儀のレッスンからは人生で問題を切り抜ける力も学んだという。
その教え方についても「感覚的に教えるとか、見よう見まねで教えるとか、そういう教え方もあるかもしれないが、今思えば、頭を使って考えた練習の仕方で教えてくださっていたように思う」と話す。
「逆にね、名手だからといって、その人がすばらしい先生かというとそうとは限らない。名手じゃなくてもすばらしい先生がすばらしいお弟子さんを生むことはある。強いていえば、東儀先生は後者かもしれない。ただ、東京で勉強されて、東京芸大やオーケストラで日本での最高峰の芸術、教育をごらんになって、関西に持ち帰って、僕たち関西にいる者に伝えてくれたのは、誰にでもできたことじゃない」
大山は中学卒業と同時に上京、桐朋学園大を経てイギリスに留学し、さらにアメリカに舞台を移してバイオリンを学んだ。と、同時にビオラ奏者としても注目を集めるようになり、ソリスト、室内楽奏者として活動しながら、さらに指揮者のカルロ・マリア・ジュリーニに求められてロサンゼルス・フィルハーモニックの首席ビオラ奏者を務めた。
一方、カリフォルニア大などで後進の指導にもあたり、弟子はニューヨーク・フィルやボストン交響楽団のコンサートマスターや首席奏者として活躍している。さらに、大山は指揮者としても名をはせており、その活躍の場は多岐にわたるのが特徴的だ。
「あるとき、ふと考えたんです。『そういえば東儀先生は教えるだけでなく、室内楽も、指揮者もされていたな』と。だから、僕もこういうことになってきたのかなあと思っていました」
現在も、アメリカのサンタバーバラ室内管弦楽団で音楽監督を務め、指揮を続けているが、そこで共演する音楽家には若手が多い。若い者から刺激を受けながら、反対に、若い人へ教えられることの喜びも感じている。
「僕は日本でも演奏家がもっと指揮をすべきだと思うんです。東儀先生も教師、演奏家、指揮者といろいろなことをされていた。当時の日本ではなおのこと、そういう人はなかなかいなかったけれど、幼かった僕はそれを異常だと思わなかった。10歳から16歳という一番多感なときに東儀先生に出会って、何もわからないまま、感化されていたんでしょうね」
大山は最近、知り合いのバイオリニストから「最近の若い子はレッスンしていてもいやになっちゃうほど弾けるんだよね」と、聞いた。日本を代表するバイオリニストですら舌を巻く若手の高い技術。教える側にも苦労はある。「東儀先生も弟子たちのことをそういう風に思っていたんじゃないかな」
大山も、相愛音楽教室のオーケストラを振った際、難曲に立ち向かう子供たちの姿に発奮した。
「教える側がどうするかで、そこにいる小さい子がついてくるかどうかも違ってくる。教える側がチャレンジし、真剣でなければ、その真意が生徒にも伝わらない。東儀先生も、最初から低いハードルしか設定していなかったら、怒りもしなかったでしょう」
大山は今回の取材に備えて、アメリカの自宅で撮った一枚の写真を用意してくれた。
「僕が京都を離れて上京して高校に行く直前にくださったんです」
古い音楽辞典に「Dear H Oyama」と東儀の字が残っている。
「今でもこの辞典をひくことがあります。そして今こそ、先生にお会いしたい。ようやく、先生の気持ちに近づいている気がしているんですよね」
かつて親たちや東儀が望んだ「自分よりも立派に」という思いをしっかり受け止めた姿がそこにあった。(安田奈緒美)
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