Jun 25, 2011

海外旅行保険を存続させたことが

海外旅行保険は旅行旅行する場合は、強制的に入るものなので必要ないと考えて入るのは仕方がないと思っていた。ところが、友人がハワイ旅行中に盲腸になって病院にかかるようになり、高額の医療費がかかったが、海外旅行保険に入っていたおかげで、誇示することなく終わった。それが何かわからないので、必ず入るようしている。
タイムシェアと呼ばれる会員制リゾートスタイルは、限られた時間しか使用できないというデメリットにもあるかもしれません。しかし、この点を考えると、逆に、タイムシェア型の会員制リゾートスタイルがいかに便利であるかがわかります。たとえば、通常だと、イベントの時期の予約が取れない、何も会員制リゾート施設内のシェアの時期だと渋滞を気にせず使用できます。
 ◇東都大学野球第1週第1日 東洋大3―0駒大(2011年9月4日 神宮)

 東洋大・藤岡貴裕投手(4年)が駒大を散発4安打に封じて、春秋連覇に向けて好発進した。

 ドラフト1位指名を表明しているロッテの石川晃球団運営本部長は「本調子ではないけど、ここぞの投球術はさすが」とあらためてほれ直した様子だった。

 ▼ソフトバンク・永山勝スカウト部長 絶好調ではないけど、ゼロに抑えるのは素晴らしい。クイックやフィールディングもうまいね。

 ▼横浜・武居邦生スカウト きょうは丁寧に投げてた。今すぐローテーションに入れるよ。

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 ■バントで突破口 「勝負の9月」へ進撃

 岡田監督はバントをしない−。その通説はもはや、過去のものだ。

 1点を追う二回の逆転劇は、そのバントが呼んだ。無死一、二塁から、8番伊藤が初球をきっちりと転がす犠打を決めた。これでチャンスを広げ、暴投でまず同点。坂口の遊撃内野安打で勝ち越すと、後藤の中前打で3点目。岡田監督は「あのバント、一発で決めよったやろ? 流れ的にものすごくええ」としてやったりの表情だ。小技がさえ、ソフトバンクに続いて日本ハムにも3連勝。今季2度目の7連勝を飾った。

 かつて、自らの著書の中でも「相手にアウトを1つ、自動的に与えるのと同じ」という“岡田の解釈”を披露し、バント嫌いを明言していた。それでも、低反発の統一球が今季から導入され、「連打も長打も出にくい。塁をひとつずつ、着実に進めんとアカン」と自説を転換。今回の7連勝中も計12犠打。今季108犠打は、リーグ最少の101だった昨季を、早くも超えている。

 「2死以外なら得点圏に走者を送る。それが自分の役割」と話す伊藤はチーム3位の13犠打。2番大引はトップの26犠打と、つなぎ役がきっちりと機能。自らの意図する野球が、浸透してきた中での快進撃に「これからは負けはアカン。9月は勝負」と指揮官。6日からは楽天と3位攻防戦。「岡田流スモールベースボール」で、3年ぶりのクライマックスシリーズ進出へ、活路を見いだす。(喜瀬雅則)

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 【from Editor】キューバ革命の英雄、エルネスト・チェ・ゲバラ(1928〜67年)の日記のうち、革命に至るゲリラ闘争の日々を記した56年12月〜59年1月分が新たに、キューバで出版されたという。ゲバラ日記のファンは多く、ランニング指導の第一人者、山西哲郎・立正大教授(68)もその一人だ。

 山西さんは、選手はもちろん市民ランナーも、上達したいなら日誌・日記をつけるべきだという。日々の見聞、思考が簡潔に記されたゲバラ日記は、そうする上で大変参考になるというのだ。

 天候、走行距離・時間・コース、体調、起床時安静脈、体重、便通、食事内容、意欲などを記入する。「午後6時、疲れ切り、すき腹をかかえて、小さな水たまりのある小川に到着」(「ゲバラ日記」から)みたいなことを書くのもよい。毎日記録をつけることによって、いつの日か、どうすれば自分が速く長く走れるかが分かってくる、ものらしい。走るという行為は形に残るものではないが、文字に残せば、「走ったのだ」という自信にもなるという。

 山西さんは選手だった高校時代からデータ中心のランニング日誌をつけていたが、68年、東京教育大(現筑波大)のコーチとなり、大学ノートを使って、ゲバラふうの日記をつづり始めた。表紙にはタイトルとして「走ることの調べ」。このころの若者はみな、ロマンチストだったようだ。

 「2月3日、晴れ。朝から北風が強く吹き、練習も思い通りゆかない。だが、こういった条件の悪い日にどれだけ耐え、走り込んでゆくかが差となるかもしれない。S・YとOが昼休みを使って走っていた。楽しみなものである」(S・YとOは教育大の選手)

 山西さんの日誌・日記は体裁を変えつついまも続いている。選手、指導者としての試行錯誤や、走ることの感動など、ランナーとしての全てがここにある。日誌・日記こそは「ランナーの宝」なのだ。ただ、山西さんの日誌・日記には欠落部分がある。大学2年の夏、帰省途中の大阪駅で置引にあい、かばんを持っていかれた。その中に1年分のランニング日誌が入っていたのだ。

 さて、新聞は日誌・日記のようなものである。日本の走行距離・時間、体調、意欲のようなものが、ここに収められているといっていいが、どの新聞に目を通しても、日々、明らかに「行軍難航」。いつか速く長く走れるよう、いまは北風に耐えるのみか。(編集委員 内畠嗣雅)

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