May 20, 2010
アパート経営のメリットはどこにあるか。
中古ワンルームの不動産投資をする場合は、アパート経営をしてしまった方が良いと思う。途中で中古ワンルームマンションを集めることではなく、アパート経営が資産価値を向上させることができます。これは、アパート1棟が付いているし、そのアパートを自分の思いのままにあるからだ。中古ワンルームマンションはそうない。中古ワンルームマンションで家賃収入を得ようとしているサラリーマンが増えているようだ。以前は、不動産投資と、土地などを販売してキャピタルゲインを得ようとする動きが活発化したものだが、最近では、使用料収入を得ようとする不動産投資が活発なようだ。さらに、会社員にも手が出せないような不動産投資になっている。
現在開かれているニューヨーク・アジア映画祭で、生涯功労賞を獲得した香港映画界の巨匠ツイ・ハーク監督が、過去の作品やハリウッドへの挑戦、そしてワイヤーアクションなどについて語った。
映画『男たちの挽歌』や『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』をプロデュースし、監督としては映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズや『ツイン・ドラゴン』などでメガホンを取ってきたツイ・ハーク監督が映画界に入ったきっかけから現在までを話した。
まず、香港ではなくアメリカのテキサスで映画を学んだ理由について「僕が学生だった当時は、香港にはちゃんとした映画を学べる学校のようなものが設立されていなかった。そこで日本も含め、ヨーロッパやアメリカなどの映画を学べる学校を候補に入れていたが、最終的には自分の財政的な問題で、自分を受け入れてくれるテキサスの大学に進学することになったんだよ」と明かした。
それでは、なぜアメリカにとどまらず、香港に戻って仕事を始めたのか。「実は、テキサスの大学で学んだ後、ニューヨークに4、5年住んでいたんだ。そのときは、ドキュメンタリー映画を製作すると同時に、チャイナタウンにある中国人のローカル新聞でもレポーターの仕事もしていたんだ(笑)。だから当時は、監督というよりもニュースのレポーターとしてのビジョンしかなかったんだよ。ところが、75〜76年にかけてギャング・オブ・フォー(四人組=中国文化大革命を主導した江青、張春橋、姚文元、王洪文の四人)が逮捕されたときに、こちらのニューヨークにはその情報がちゃんと入ってこなかったんだ。そこで、もっと詳しいことを知りたいと思って香港に戻ったんだ」と答えた。ところが一度香港に戻ってはきたが、自分の思うようにはいかなかったようだ。「戻ってみたら仕事に空きがあったのが、唯一テレビドラマだけだったんだ……。だから、まずはテレビドラマを手掛けることから始まり、そこで信頼を得て、やがて武峡映画のシリーズで監督することになっていったんだ」とずっとアクション映画にこだわってきた監督ではなかったこと明かした。
ツイ・ハークの妻であるナンサン・シーとプロダクション、フィルム・ワークショップを80年代に設立したことについて「このフィルム・ワークショップの会社名の由来は、香港フィルム・カルチャー・センターで僕が講演していたときのイベントからそのままこの会社名を付けたんだ。僕がこの会社を設立した1984年は、映画製作について少し模索していた時期で、それまで製作していたシネマ・シティと制作過程で意見が分かれることがあった。そこで、議論するよりもむしろ、指示されずに制作したいと思ったところから、映画『上海ブルース』を僕のプロダクションで手掛けることになったんだ」と語った。
ワイヤーアクションを香港映画界で確立させた経緯については「それまで我々が製作してきた武侠映画では、いろいろ僕らにはアイデアがあったが、どうしてもその動きには制限があったんだ。そのため研究しながらいろいろ試していって、さらに人が想像できないクレイジーな動きを取り入れることになった。ただ、武侠映画は昔からあったために、あらゆる監督がさまざまな手法を試していた。だから、たまたま僕はワイヤーアクションにこだわって製作していた時期があっただけだと思っているんだ」と謙遜しているが、彼のワイヤーアクションが、香港の武侠映画を世界中に知らしめるきっかけになった。
ハリウッドに進出して、映画『ダブルチーム」や『ノック・オフ』を監督したことについて「当時は監督としての自分を見失っていたと思う。自分が執筆した脚本ではなかったために、セットでアメリカの俳優やスタッフの意見を取り入れながら撮影するか、それとも脚本を忠実に製作していくか多少迷っていたんだ。結局、脚本を書き換えながら撮影していたが、自分が香港で行っていた撮影手法と違って、思っていたようにはいかなかった」と当時の苦悩を語ったが、その後もハリウッドから監督のオファーはたくさんあったことも明かした。
最後に今回の生涯功労賞の受賞について聞くと「ようやくそういう年齢に達してきたのかもしれない。最初に香港で受賞したときは違和感があったからね」と述べ、さらに今後は第2ステージとして新たなことに挑戦したいとも語った。 (取材・文・細木信宏Nobuhiro Hosoki)
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